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ミルグラム実験(アイヒマン実験)

人はどれくらい命令に従うのでしょうか?

命令であれば残酷なことができてしまうのでしょうか?

驚くことに、人間はどれくらい服従するのかについて実験をした人がいます。

アドルフ・オットー・アイヒマン

実験の話をする前に、アドルフ・オットー・アイヒマンという人物を紹介しなければなりません。

アドルフ・オットー・アイヒマンはドイツのナチス親衛隊の人物であり、「絶滅収容所」と呼ばれたユダヤ人列車移送の最高責任者でした。

ユダヤ人虐殺の最高責任者を務めていた人物です。世界史にも登場しますよね。

「絶滅収容所」に送った人数は500万人以上とも言われており、信じられないほどの人数を虐殺しています。

そんな人物なのですが、戦後になってからアイヒマンは捕まり裁判にかけられます。その様子は全世界が注目しており、現在でも動画として残っています。

500万人以上の人間を虐殺した人物がどういう人なのか、視聴者はアイヒマンが残虐非道で悪の化身のような人であると予想していましたが、アイヒマンは普通の官僚のような人物でした。以外にも、残酷な人には見えなかったのです。

また、驚くことに、500万人の人間を虐殺した理由は「命令に従ったから」という理由でした。

その衝撃的な出来事から

「人間は命令であれば大量殺戮をすることができるのか」
「私たちも”同じ状況に立たされたら虐殺をしてしまうのか”」

ということについて調べようと思った人たちが現れます。

ミルグラム実験(アイヒマン実験)とは人間はどれくらい命令に従うのかを調べた実験なのです。

アイヒマン実験(ミルグラム実験)

アイヒマンのように人間は命令に従って何でもできるのかということを実験で検証した人がスタンリー・ミルグラムさんです。

彼が行ったのが、かの有名なアイヒマン実験(ミルグラム実験とも言う)と呼ばれる実験になります。

この実験には「実験者(命令をする人)」「先生役(問題を出す人)」「学習者(問題に答える人)」の3つの役があります。

まず、学習者には単語を覚えてもらいます。

先生役は学習者に対し問題を出していき、不正解であれば学習者に対して電撃を与えます。


電撃の種類

電撃には15V~450Vの30段階があります。

最初は15Vを与え、1度間違える毎に15Vずつ電圧を上げていき、450Vになったあとも更に2回450Vの電撃を与えると実験は終了。

もしくは、先生役が途中で実験をやめるように何度も実験者に訴えた場合も終了となります。

3つの役のうち、実験対象は先生役です。学習者役の人は仕掛人であり本当は実験中に電気が流れないようになっています。

先生役の人にそのことがバレないようくじ引きで役割を決め、たまたま先生役になったと思わせます。(必ず先生役になるよう、くじに仕掛けをします)

また、先生役には実験前に45Vの電撃を体験させることで本当に電気が流れると思わせ、電撃はとても痛いが後遺症が残るようなものではないとの説明もします。

なお、電撃には60Vずつ「弱い電撃」「中位の電撃」「強い電撃」「強烈な電撃」「激烈な電撃」「超激烈な電撃」「危険:過激な電撃」「XXX」とまとめられており、高い電圧は危険であることが示されています。

人は命令であれば他人に電撃を与えることができる

あなたは人に電撃を与えることができますか?

個人的には、そんなことは絶対にできないなと思います。みなさんも人に危害を加えることに抵抗があるでしょう。

では、

実験者の命令であれば何Vまで電圧を強め学習者に電撃を与えることができると思いますか?

正気を保った人間ならば15Vの電撃ですら抵抗があると予想するのですが、驚くべきことに相当の人数が実験者の指示に従い最高レベルまで電圧を上げ続けたのです。

最初は学習者役の様子が先生役の人から見えず、声も聞こえない状態での実験でした。

この状態だとあらゆる先生役が命令に従い、450Vまで電圧を高めてしまったため、命令にどれくらい従うのかの測定ができませんでした。

そこで、学習者役から実験をやめたいという抗議を入れることで命令に従う度合いを測定することになりました。

しかし、どんなに強い抗議をしても最高レベルまで電圧を上げてしまったため、学習者役の叫び声をあらかじめ録音しておき、それを実験中に流すということを実験に組み込みました。

この実験をした人たちが当初想定していた以上に、人間は服従する生き物であったことが示されたのです。

なぜ服従してしまうのか 服従する心理

どうして実験者の命令に従い、最高レベルまで電圧を高めてしまうのでしょうか?

それは、命令に従うことで自分の行動に責任を持たなくてもよくなるからです。

スイッチを入れる先生役の人の思考は

「もし学習者役の人が倒れたらどうしよう」ではなく「学習者役の人が倒れてしまった場合、その責任は私ではなく実験者になるはずだ」という風になります。服従しているときは、自分に責任があるかどうかを考える時間が増えるのです。

また、学習者役の人に害をなす行動をした人は、相手を無価値な人と考え、罰が与えられるのは当然だと考えるようになります。

電撃を与えられるのは問題に間違えた学習者のせいだ。自分はルールに従っているだけだ。という思考回路です。

ドイツはユダヤ人に対して10年以上もプロパガンダを行っていたので相手を無価値な人間だと考えることはより容易であったと考えられます。

実際に、苦しんでいる様子を確認できない状況であればあるほど簡単に命令に従うことが分かっています。

直接悪口を言うよりも陰口を叩く方がやりやすいですし、嘘をつくときも顔を見ない方が言いやすいです。

服従は、日常生活においてなくてはならない存在です。

法律、権威、人間……人は必ず何かに従っています。

たとえ自分の行っていることが間違いだと気づいていても、権威を拒絶することはとても難しいのです。

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